2017年06月28日

藤井四段

プロ将棋の新人、藤井聡太四段、29連勝、30年ぶりの新記録樹立、
しかも記録はまだまだ伸びそうな勢いで、注目の的ですね。

まだ中学3年生とか。 立て続けの対局で学校生活の方はどうしてるんだろう
などと余計な心配したりいたしますが、上背もあり、スーツにネクタイ姿も様に
なり、マスコミへの受け答えも落ち着いて、驚きの14歳、まさに天才現る!です。

藤井四段は幼児期、モンテッソーリ教育方で育ったとかで、この幼児教育方も
話題になっています。

有名な経済学者のピーター・ドラッカーをはじめ、ビル・ゲイツ、ラリー・ペイジ
(グーグル創業者)、ジェフ・ベゾス(アマゾン創始者)、オバマ元大統領もこの
教育法で育ったとか。

そこで、モンテッソーリ教育について、少し調べてみたのが以下。

イタリア初の女性医師、マリア・モンテッソーリ(1870〜1952)が実際に
いろいろな施設で子供を観察し、そこから得た事実に基づいて構成した教育方で、
その教育法は 大脳生理学や心理学、教育学的見地からも正当性があり、
世界各地でその効果が実証されているとか。

モンテッソーリ教育の目的は、それぞれの発達段階にある子供をうまく援助する
ことによって、「自立し、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び
続ける姿勢を持った人間に育てる」ことだとか。(いいですね!)

幼児期には 様々な能力、例えば言葉や文字、数、運動、秩序や感覚等々、夫々を
獲得するのには ちょうどよい最適な時期「敏感期」があり、それは個々で異なる。
周りの大人「援助者」は 子供の「敏感期」の違いを尊重して子供の知的好奇心が
自発的に現れるよう、発達段階に適した環境を整える、というのがこの教育方。

独特のモンテッソーリ教具なども開発され、本も沢山出ているので、調べたら
アマゾンでいっぱい出ていました。

   

日本にも、この教育を取り入れている幼稚園が各地に沢山あるようですけど、
幼児の子育て中なら家庭でも、取り入れて実践してみる価値はありますよね。

顧みれば子育ての頃、どんな教育方が子供のために良いかなど、あまり真剣に
考えたり調べたりもせず、行き当たりばったりで、むしろ間違ったやり方で、
本来の子供の伸びるはずの芽をつんでしまっていたかもしれないと、今更ですが、
反省することも多い私。

この反省のもと、いつか生まれてくる孫のために勉強しておこう、なんて思うのです。

posted by アメジスト at 09:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

プール開き

もう6月も半ば、梅雨の晴れ間とはいえ、このところの日差しは肌に突き
刺さるかのように強い。

我がマンションは とある公立小学校の傍に建つ。
そして我が家の窓から、その小学校のプールがよく見える。

今日は朝から何やらお祓いのような声が聞こえるのでと覗いたら、PTA関係者ら
数名が参加し、近くの神社の神主さんがプール開きに向けての安全祈願を
していた。 これは毎年のこと。

そういえば2日ほど前、プールの掃除をしているらしい様子だった。
毎年この時期、プール開きのための掃除は、若手の先生方が放課後、大勢で
にぎやかにされていたのが恒例だったけれど、今回は初めて、校務員さんが
たぶん一人で、ケルヒャーのようなものを使って プール内壁を洗っておられた。

この小学校は息子も6年間お世話になり、プールの時期はこっそりとレースの
カーテン越しに息子の授業風景を覗き観るのが楽しみだった。

息子のいた頃は プールの水を入れ替えるたびに 放課後、若手の男性教師が
高学年の男子生徒達を率いて、ワイワイと賑やかに 柄のついた大きな横長たわしで
ゴシゴシ洗いをしていたものだったけれど、いつの間にかそんな光景も見なくなった。

プールの授業のある期間だけ、いつもは静かなプール側窓辺は それは賑やかだ。
特に、2,3年ほど年前からは、低学年の授業なら妖怪ウオッチのメロディーや
音声が流れて、子供達はそれに合わせて踊る?のが準備体操になっている。 

日陰のベンチで見学の子供達まで、音楽に合わせて飛び跳ねていたりする。
低学年はプールの授業などは、遊び感覚で楽しく、というところなんだろう。
さすがに高学年は、昔ながらのラジオ体操で普通に準備体操しているけど。

私の育った頃とは違い、スイミングスクーがあちこちに出来て、小さい頃から
スクールに通い、泳ぎが得意な子供も結構いるだろうけど、大人になるまでに
溺れないよう泳ぎを覚えるのは大事なことで、それを学べるのも学校だ。

ブームはもう去ったようだけど、子供のおもちゃにしては やたら高額な妖怪
ウォッチグッズに、翻弄された親御さんたちも多かったはず。
公立の学校が 妖怪ウォッチなどの商業ベースに乗せられていいのか?と、
愚痴りたくなる私は古すぎますかね。
posted by アメジスト at 17:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

マティスとルオー展

  IMG_20170525_144736.jpg 

少し前ですが、マティスとルオー展、あべのハルカスで 観ました。 

私は若い頃からマティスは色のトーンとか構図とかが、何となく好みで、マティス
目当てだったのだけど、ルオーがものすごーく良かったのです。
古くからの友人ですごくルオー好きの人がいて、それをやっと共感できました。

彼等はエコール・デ・ボザールでギュスターブ・モローの教授の下で知り合い、
そのころから晩年まで、戦争の間も含めて、生涯を通じて交友関係が続いた。
展覧会ではほぼ半世紀に及ぶ直筆の往復書簡のいくつかを翻訳付きで展示。

しかし、親友とはいえ夫々の作品の個性はまるで違っているのも興味深かった。
師匠のモローは 表現として個性というものが 最も尊重されるものだと指導したとか。
その意味で、二人ともモローの影響をすごく受け、夫々の個性で表現方法を追及し
個性を発揮できたのだろう。 指導者としてのモローも素晴らしい。

マティスは富裕な商人の息子で十代後半に病気療養中に絵の道具を手にしたことが
きっかけで絵の道に目覚めたとか。 かたやルオーはステンドグラス職人の家に生まれた。

ルオーの若い頃はレンブラントの再来といわれたほどだそうで、そのデッサン力の生かされた
写実的な作品も残っているが、一般的に知られ、美術の教科書に載るような彼の代表的な
作品は 形も単純にデフォルメされ、黒い輪郭でむしろ無骨にも見える厚塗りの独特の絵。 
そんな絵はなんとなくステンドグラスをも連想させる。
その、一見単純なフォルムに見える絵が強く語りかける力を持っていて、魅了された。

マティスとルオーは ほぼ同年齢で共に20世紀フランス絵画を代表する
画家となり、双方80歳過ぎまでと長命で、数多くの作品を残した。

マティスは晩年、体を悪くして絵筆を持つのが難しくなり、切り絵という手法で
作品を沢山残した。「JAZZ」シリーズというのがその時の作品群で、
私がずっと海藻かワカメと思っていた図柄はなんと、サボテンだった。

近場の阿倍野で、興味深い展覧会が観れて、良かった。

posted by アメジスト at 13:09| Comment(0) | エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする