2018年05月17日

〇十年ぶりで後輩と再会

高校時代のクラブの一年後輩と〇十年ぶりで再会した。

彼女は若くして職場結婚し、早くに関東に住居が移ったこともあるが、
卒業後は逢うこともなく、〇十年間、年一度の年賀状だけで繋がってきた。

一年後輩の彼女とは、何となくウマが合ったというか、何人かいた部員の中で、
センパイ、センパイと慕ってくれたし、私も当時でも珍しく腰のあたりまでの
長い三つ編み2本がトレードマークの彼女が可愛くて、よく絡んだものだった。

クラブで一緒に活動したのは高3の夏の引退までの一年半足らずの期間だけ。
それなのに、卒業後も年一度の年賀状だけで よくつながっていたものだと思う。 

関東の人となったとはいえ、実家はこちらなので、何かあるときは
帰省していたようだが。

昨年の年賀状で、年始に長期でこちらに滞在予定なので、連絡する、とあったのに、
それがないまま、一年以上がたったのだった。

それが、最近メールが入り、5月にひと月ほど帰省しているので
都合の良い時、会いましょう、ということになった。

当時のクラブの仲間で今も付き合いのある友人も誘い、三人で逢うこととなった。
三人の接点ということで、天王寺でランチということになった。

JR天王寺のコンビニ前に何時何分と 自分で設定し、連絡したのに、
慌て者の悲しさ、コンビニの看板が思っていたのより小さくてわからず、時間通りに
行ったものの、友人もそれらしい人も見当たらず、その辺りをウロウロして焦った。

そのうち、特徴ある友人の声が聞こえたので、そちらの方を見ると二人の 
”センパイがまだなんです” ”大丈夫、大丈夫、あの子はいつも遅いから” 
なんていう、ひどい(?)会話が聞こえてきて、やっと会えたのだった。

最初、通りがかりにチラと見たのが彼女だったのだけど、卒業以来逢ったこともなく、
今も彼女が昔のトレードマークだった三つ編みのはずもなく、彼女の方でも 私が
まさか眼鏡かけてるとは思わず、お互いがわからなかったのだった。

でも、挨拶してよくよく見ると、素敵に年齢を重ねた彼女だった。

ランチは天王寺MIOの月日亭で、西側の見晴らしの良い所をと予約した通りの
席に案内してくれた。 

隣のテーブルは 私達よりたぶん一世代位は上と思しき女性3人が、まずビールで
乾杯されていたが、我々3人はまずお茶で乾杯。 

お料理が運ばれてきても、話が尽きず、なかなか食事が終わらなかった。

夫々の卒業以来のことを話したり聞いたりしたが、人生って色々あるもんだと
つくづく思ったのでした。


今回はこの辺りで。 






posted by アメジスト at 09:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

薔薇一鉢

薔薇を一鉢を買いました。

一昨日、ホームセンターにティッシュペーパーをまとめ買いに行ったついでに、
いつも覗く植物コーナーで、あまりに可愛い薔薇にひきつけられ、一鉢買いました。
膨らんだ蕾をいっぱいつけていて、香りもほんのり甘く、480円!だったんですもの。

これはインフィニティローズと言って、デンマークで作られた世界でベストセラーの
薔薇なんだとか。 室内でも育ち、丈夫で、花もちがよいとのこと。

四季咲きでミニ薔薇とは言え、蕾はそんなに小さくはなく、ベランダにあった
白い鉢に、適当に土を入れて 植えつけました。

薔薇2.jpg 薔薇1.jpg


今まで薔薇は何度か挑戦してきたものの、なかなかうまくいかず、アブラムシとか
うどん粉病にやられたり、枯らせてばかりでしたが、この薔薇は虫や病気にも強いとか。

根元を見ると一本の苗ではなく5本もの苗の寄せ植えで、夫々の小さな苗に一つか二つ
蕾を付けているのです。 さすがプロ、生産者の育て方が上手いんでしょうね。

ググってみると、育て方の上手なひとなんでしょう、二鉢買った翌年、苗一本を一鉢に
植え替え、元の2鉢を8鉢に増やし、ミニ薔薇とは思えない大ぶりの花が夫々の鉢に
咲いています、というサイトもありました。

そのサイトによると、薔薇は案外強いので 日当たり、水やり、肥料をバンバンが
いいのだとか。 本当かなと思いつつ、とりあえず今回はその路線でやってみよう。

姉にも一鉢、おしゃれな鉢に植え替えて油粕をセットにして、育ててみてと
プレゼントしたら 気がまぎれて早く立ち直ってくれるかしら。
posted by アメジスト at 11:29| Comment(1) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月05日

忌中

明日は母の初七日になる。

忌中につき、明日のゴスペルの練習も行かないことにしたし、5月下旬に予定
していた友人との小旅行も取りやめることにした。 
母がたとえまだ存命でも、気がかりで行くことできなかっただろうが。


姉が少しずつ落ち着いてきて、普通に話すことができるようになってきたのが嬉しい。

母の今回の入院の時から、いよいよその時が迫って来た予感からか、姉はそれに
必死で抵抗するかのように、様子がおかしかった。

冷静であれば、母位の高齢者がだんだん食が細り、何も食べれなくなって、意識が
遠のいてきたら、それは自然に命が尽きようとしている時が近いと悟ったはずだ。 

これは、姉には言えないことだけど、母も姉も 人はいつかは死ぬという覚悟がまだ
出来ていなかっただけなのだ、と思ってしまう。

96歳になっても母は死が怖くて、いつまでも生きたいと思い、姉は母を100歳
どころか、永遠に世話し続けることが使命のような錯覚をしていたのだと思う。

葬儀の後、家に帰った時が姉の動顛のピークだったのだと思うが、あのままの状態が
続いたらどうしようかと本当に心配した。 それもやはり母の影響だったとは思うが。


昨日、姉に聞いたところによると、長兄のお義母さんが母の葬儀の翌日、亡くなった
のだそうだ。 葬儀の前日、兄からも 嫁の母親が癌で入院中で、このところ大変で、
嫁と娘はそんな事情もあり 参列出来そうにないと聞いていた。  

85歳だったとか、母より10歳も年下。うちの母は腎不全が原因というが、結局は老衰
だし、兄の義母も一般的には天寿癌と言えるかもしれない。


遠くに住む義父は母より1歳下、義母は兄の義母は89歳、元気なのが有難いけど、
その時が確実に迫ってきているのが怖い。


posted by アメジスト at 19:52| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする