2018年07月18日

トランスジェンダー

友人の娘さんのこと。

友人とは息子小学校一年生の時の同級生というママ友。
息子たちはともかく、母親同士、PTA活動でご一緒し、
それ以来ずっと付き合いが続いている。

書道仲間でもあり、程よい距離間で、着かず離れず長いお付き合い。
彼女は写真が趣味で、毎年、写真展の案内をいただくので、
ずっと作品展を見に行かせてもらっている。

その友人の息子さんのお姉ちゃんのこと。
ずっと小さい頃から、男の子みたいで、小学生の頃もスカートを
履きたがらず、ずっとズボン、とは聞いていた。

先日写真展に伺った時、ちょうどその娘さんが来ていて、初対面の挨拶をした。
年ごろの女性にしては化粧っけもなく、声も低め。 でも普通にそんな女性は沢山
いるし、雰囲気も、言葉もしっかりした感じの良いお嬢さん、と思ったのだけど。

娘さんが先に帰り、そのあと、私の帰りがけに、小さい声で友人が言った。
あの子、長男になってん。 下の息子は次男になったの。

ええっ!!と内心驚き、言葉が出なかった。 
戸籍上も男性に変わったのだとか。

結構いろいろ大変なの。 今度、話を聞いてね、と帰りがけに言われた。

 
当の本人が一番、悩んできたに違いない。
友人は何と言うか、人間的に穏やかで理解力のある人なので、きっと娘さんの
長らくの悩みを受け入れたのだろうけど。

親として、それを受け入れるのは並大抵のことではないと思う。

最近は生まれた性別が男性だけど、心は女性、といういわゆるオネエの
人たちがマスコミには沢山登場し、活躍しているご時世。

男性だけど女性的という人は カルーセル牧にはじまり、美輪明宏やおすぎとピーコ、
松子デラックス、カバちゃん、IKKO、ミッツ・マングローブにお花の假屋崎 省吾さん
とか、名前を挙げるにいとまないくらいだけど。


一方で、女性に生まれたけど、性別に違和感があり、心は男性、という人たちも同じ
ようにいて、おかしくないと想像はできる。


でも、表立って女性なのに男性、というのはあまり見当たらない気がする。

想像がつかないことだけど、女性に生まれたけど、男性として生きる、という選択は
その反対より厳しいのではないだろうか。

まだ学生の頃、話題だった、ボーボワールの「第二の性」を読み齧った。
冒頭の「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」で象徴されるように、
女性は特に 社会的に要求される性差教育で女性となる、というのだったと思う。


友人の娘さんの場合は もっと次元が違う問題なのだろうか。
本来の自分の心の性に一致することで、自分らしく生きれるのなら、それは
本人にとって必要で、選択せざるを得ないことなのだろう。






posted by アメジスト at 12:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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